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銘木市場にて

2005年10月27日 13:46

(Architecture)

今やっている物件の、天井板を選ぶために、銘木市場に行ってきました。

天井板1

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工務店に連れて行ったもらったのは、全国から材木屋さんが仕入れに来る問屋さんで、本来なら、住宅一軒の、それも一部屋の和室の為の少量では売ってもらえないのですが、今工事をしてもらっているのは、奈良でも伝統ある、有数の工務店なので、可能だったようです。

今回選ぶのは天井板と行っても、無垢のものではなく、板に、杢目をうすーくはいだ物を貼っている製品です。無垢の場合、格天井ぐらいの小さな板だと比較的安いようですが、今回のような敷き目板貼りになると、大きな板が必要で、無垢だと、数百万円になってしまう。それに、無垢板の場合は、仕上げをする大工さんの手間も大変で、そこでも費用が発生してしまう。。そんな話をしながら見てたのですが、いつも感じている、日本の木造住宅についての、危機感というか、そういうのをまた感じていました。

ユーザーの方はあまり違いもお分かりでなく、また、別に気にもされていないかもしれませんが、現在、ものすごい量で建てられている建売住宅は、日本の伝統の木造とはかけ離れています。木を使っているのは嘘ではないですが、昔からの伝統の技術が生かされるところはほとんどない。仕上の材料も、廉価な建売だと、貼り物がほとんど。建具の枠ひとつにしても、安い材料にシートを巻いたものを工場生産、木の扉も、ベニヤの上にシートを貼っただけ、とか、ありとあらゆる部分が、そんな状況です。貼り物といってもいろいろあって、廉価なものは本当の木をはいだものではなくて、人工の材料に木目がプリントしてあるのです。木の組み方も、伝統的な技術とは無関係、金物を釘でばちばち留める。木の特性が十分生かせてないのですが、現状の法規では、そうすることになっている。

私たち設計をやっている者や建築家は、建売住宅とは違うアプローチで、それぞれ木の良さを生かす構造や、仕上げを工夫しているのですが、それも、日本の伝統の技術とは違う。大学でも一切木造は勉強しないし、日本の伝統技術は建築家にはノウハウはなく、大工さんに頼るしかない。

銘木市場に来てみると、出番を待っている無垢材が、たくさんあって、うろうろしているだけでも、木の香りが好きな私は嬉しくなるのですが、りっぱな無垢材は、ほとんど売れないとのことです。やっぱり高いのです。それを買って加工する工事費が、また高いのです。1枚50万円の無垢の天井板、4枚買ったら、数部屋分の天井で何百万。一方、巷にあふれる、一般向けの住宅雑誌は、「一千万円台で家を建てる」。需要がないはずです。幅1mくらい、長さ5~6mの立派な板がたくさんありましたが、何年もそこにあるそうです。そういう板をつくるのには、ものすごく立派な木を買って、先のほうまで節が無いことを見極めて、均一にスライスする技術が必要です。今はそれができる人も少ない。高くなるはずです。貼り物の天井板は、薄くはぐ技術と、板に貼り付ける技術、全て機械が行って大量に生産します。本物の木が貼ってあっても、無垢材より安くなるのです。

私はいつも、なんで昔からやってきた方法で素直に作ると、事業が成り立たない世の中になったのかな。。と残念に思います。法規制も、市民の安全を守るために作られているのは間違いないですが、そのために、例えば、京都の町家が並んでいるところで、一軒の家を建替えようとすると、もう、もとのままの町家ではほとんど建てられないことになっています。町家で残したければ、軽微な改装しかできない。

今、木の住宅の良さを見直そう、という流れは結構ありますが、恐らく、ほとんどすべて材料として木を使っている方法だと思います。伝統的技術を生かしたり、発展させたりしているものはない。多分、法的な問題を解決するのが難しいので、伝統的技術を使うなら、まったく昔の建て方そのままたてるしかないのだと思います。

昔の地方それぞれの建て方で建った家の集落はとても美しいと思います。いっそのこと、これから建てるものも、全部そうしたほうが日本の景観にとってはいいのじゃないか、と思うのですが、はたして、それでいいのか、とも思うのです。あるいは、設備だけが、今の最新技術になっていて、木造のウィークポイントである火災に対しても、瞬時に隣家と遮断されて、延焼はおこらない、とか。実際パリとか、古いヨーロッパの街では、新しい建物がほとんど建てられないので、古い建物を改装して設備を新しくしているのだから、その日本版みたいなのが、考えられないのでしょうか。

建築をやっている我々が、日本で何を目指すべきなのか、よく考えていかなければ、と思っています。

天井板2

銘木市場にはもちろん、柱材はじめ、他にも様々な銘木がありましたよ。

Posted by foliage

はじめまして  私は1936年生 21歳で 工務店に嫁いで50年  現場の段取りに明け暮れてすごしてまいりました
 日本の木の美しさ 塗装しない無垢の木の香り 100年経た木は100年香り 100年 生きている 
  木は濡れない様に 軒を深するなど工夫すればいつまでも 建物を支えてくれます  

 40年以上自然乾燥した板木が多少ありますので 適材適所に使用して 500年の木は 500年使うように考えています

 それが私の残りの人生のライフワークです

 
木のよい香りは脳を活性化し空気を浄化います

 日本の木は 無塗装で使用すべきです


  あなたの想い 私も同感です うれしく思います

naritaさま
若輩者の文章に、コメントをありがとうございました。
naritaさまのお持ちであるような知識と経験が、生かせる設計とはどういうものか、いつも考えさせられますが、なかなか納得のいくような答えは見つけ出せません。
これからもご指導、よろしくお願いします。

  • foliage (2007年09月17日 19:54)

コメントに早速お返事頂きありがとうございます

昭和20年焼け跡で終戦を迎えた主人の父は大工の棟梁として60歳にちかく 育てた弟子の若者は戦争に出て残った職人さんは高齢者ばかり いつの日にか 隠居所に と集めた銘木のみ手元に残り  当時 名もないが 立派な仕事をする 大工 左官 建具
畳 瓦 板金 など の職人さんと 小さな家を 建てました

 昭和32年にその家に嫁いで 父よりこの家は孫の孫まで住めるように願いを込めて建てた家だから 大切に住むように教えられました

 世の中にはもっと豪華もっと数奇屋の家屋があり 保存運動など盛んですが 私の家はごく普通の町屋です

  しかし 当時の職人さんたち が この家の50年後を 夢見て丁寧に仕事をしたことを 考え 名の無い人達の美に対するメッセージを伝えたいとおもいました
  50年経つと 美しく光る 吉野杉の柱 秋田杉や屋久杉の天井板 有馬の稲荷の土壁 京唐紙のふすま 畳など 60年経っても健在です
  自分がした仕事の完成美を見ることなく次の世代に残してくれた事職人さんや父の事 を 思うに 感謝の念でいっぱいになります

 当時 徒弟制度で家に弟子は住み込み 棟梁は原木を買って
板木にして10年以上 自然乾燥させ弟子の腕が上がったところで
その材を加工させる  スロー ビジネス でした

  そのとき乾燥材は貴重品で切れ端にいたるまで大切に保存いたしました
 時代は急激に変わり 私共も生活のため積水さんのお世話になり 多くのことを学びました  


その間倉庫でねむっている
  40年以上自然乾燥した板木 はそのままドアやテーブルになり
無塗装で使用すれば 空気を浄化し心落ち着く空間になります その事を知った人はもう後には戻れません


 そのようなお客様に出会えることが最高のよろこびです

 わが家を 木香庵 と名づけて B&Bなどいたしております

 我が家はまだホームページ立ち上げていませんが こられた方たちブログなどに 書いてくださっていますのでごらんいただければうれしいです
            成田

  • narita (2007年09月18日 11:36)
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